なぜ今、がん医療に「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」が求められるのか<前編>

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Doctors Me 編集部

2人に1人は生涯でがんを経験すると言われる現代、がんを克服した人、治療中の人、告知を受けたばかりの人、さらには患者の家族や友人、医療従事者を含め、本当にたくさんのがんに携わる人たちがいます。

そして、抗がん剤や新しい手術法、がんを早期に発見する技術など、数十年前には考えることすらできなかったような優れた治療が開発され、今やがんは「不治の病」ではなく、多くは治すことのできる病気、あるいは共に生きていく病気となりました。

がんが治ったり、がんを抱えながらも長い間元気に過ごしているケースは多く、このことはとても喜ばしいことです。ただ一方で、がんを予防する、治すという意識はあっても、がんにかかったときどう向き合えばいいのか、次々に生じる問題をどのように解決していくのかということに関しては、あまり目を向けていないように思えます。

ある日突然、がんだと宣告されることをイメージしてください。大きなショックを受けるでしょうし、何かの間違いだ、信じたくない、といった心境になるかもしれません。そして、家族のこと、仕事のこと、治療費のこと、いろいろと不安になるでしょう。



そのとき、あなたはどうするでしょうか。家族にはどのタイミングで伝えるでしょうか。職場には病気のことを隠すでしょうか。家族以外の頼れる誰かに相談するでしょうか。治療が長引き、医療費が高額となった場合、利用できる制度など必要な知識があるでしょうか。

「備えあれば憂いなし」とは言いますが、がんなどの病気になったときのことを想定して日々生活している人はなかなかいないと思います。

そこで今回は、がんになってから自分も周りも困り果ててしまう、ということがないように、「がんとこころのケアについて」というテーマで、識者による鼎談を企画しました。

国立がん研究センター東病院 臨床開発センター 精神腫瘍学開発分野長を務める、精神医学のスペシャリスト/小川朝生先生、テレビなどのメディアでも活躍する臨床経験が豊富な心理カウンセラー/小高千枝さん、そして、がんの“サバイバー”として自身の経験をもとに、がんの啓発活動を行っているモデル/藤森香衣さんの御三方に、それぞれの立場からお話しいただきました。

患者や家族を総合的にサポートする「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」とは?

藤森 香衣(以下/藤森): 私は、いわゆるがん“サバイバー”ですが、37歳のときに乳がんにより右乳房を全摘出しました。ある日、自分の右胸に小指の爪ぐらいの塊を見つけ、とても嫌な予感がしたので病院で検診を受けましたが、その時は「異常なし」という診断でした。

その後だんだん大きくなってきている気がしたので、翌年別の病院へ行き、詳しく調べてもらったところ、1年で右胸の“しこり”はがんになっていました。

先生に大きい病院を紹介しますと言われて、正直どうなっちゃうんだろうと思いました。この先仕事はどうしよう、と。

これまで多くの患者さんを診てきた小川先生は、がんにかかった患者さんやご家族の心のケアやサポート体制について、どのように感じていらっしゃいますか?




小川 朝生(以下/小川): 健康なときは、がん治療における新しい発見の話にはニュースとして興味を持っても、がんの患者になったときの心理的な動揺や、実際の行動については、あまり思いを馳せることがないのではないかと思います。

技術や治療面で医師に求めるものははっきりしていても、実際にがんになったときに本人やご家族の精神的なサポート、日常面のアドバイスを、医師や病院から得たいと思っても、具体的に何を求めたらいいか、期待できるのかについては、よくわからない方が大多数かもしれません。

がんのイメージは、ドラマなどで描かれる終末期やスーパードクターになっていて、普通のがん患者さんがどう過ごしているのかというのが、全然ないんですよね。そのあたりが、課題として大きいのではないかなと思います。実際、がんの患者さんがどんなことで悩むかというと、不安で夜眠れないとか、治療に関する情報をどう探したらいいかわからない、金銭的な問題をどうしよう、というもの。あとは、ご家族との関係も非常に難しいです。

ご家族が腫れものに触れるようで本人にどう接していいのか分からない、あるいは乳がんの方で最近増えてきているのが、子どもにどう伝えたらいいのかわからないというのもあります。他にも、ご遺族の方の支援も重要なのですが、ご遺族向けの情報も少ないというのが日本の状況ですよね。

現に、がんを告知されたけれども、何をどうしていいのかわからない、ご家族をはじめ周囲の方も患者さんをどう扱っていいのかわからない、告知をされた直後に本人は非常に混乱しているけれども、この状態が正常な範囲なのか、どんな治療をすべきなのかもわからない…といったケースは、実際の臨床において数多く存在するのです。

あまり世間一般に広く知られてはいませんが、こういった主にがんにまつわる問題を扱う精神医学の一分野に、「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」と呼ばれる分野があります。

がんにかかられた患者さんのメンタルケアや精神状態の評価、サポートや治療はもちろんのこと、患者さんを取り巻くご家族をはじめとした周囲の人たちのケア、サポートも行う専門分野です。



藤森: 確かに、がんの告知を受けた方やご家族に対する心のケアは重要ですよね。私もがんの告知をされて、最初は頭が真っ白になりました。サイコオンコロジーに関わるのは、精神科のお医者さんが多いのでしょうか?


小川: 今日本で多いのは、精神科・心療内科ですね。ただ、その数は非常に少なくて、全国で約13,000人と言われる精神科医の中で、サイコオンコロジーを関わっている医師は100人ほどではないでしょうか。


藤森: 2人に1人ががんを経験すると言われているのに、そんなに少ないのですね? なぜなのでしょうか?


小川: それは、精神科医療が精神科病院中心で動いているからですね。総合病院の精神科医というのは、今どちらかというと減っています。それは正直なところ、総合病院の中で収益を上げない領域だから、というのも関係しています。

現代の日本の医療においては、病院は病気を治すところ、医師は手術や薬などの医療技術を提供する人、というイメージが定着しています。がんになって精神的に追い詰められたときに、病院や医療者に何らかの助けを求めるという発想自体が、あまりないのではないでしょうか。

特に、それほど重症ではないのに、がんの悩みに精神科の専門医に治療を受けてもいいのだろうか、という迷いが患者さん側に存在する場合も多々あります。


小高 千枝(以下/小高): なるほど、私も心理カウンセラーとして、病気の患者さんやそれをサポートするご家族のカウンセリングをさせていただくことがあります。先生のところにいらっしゃるがん患者さんは、どの「ステージ」の方が多いのでしょうか?



小川: たとえば、乳がんの方の場合、ステージ1で切除すれば心配ないと言われてはいますが、不安でたまらなくてという方がいます。一方、ステージが進行していて痛みや不安で眠れないという方もいます。

ですから、がんの身体面での治療を担う医師との連携はもちろんのこと、痛みのコントロールを行う麻酔科医や看護師、カウンセラーなどともチームを組んで、患者さんの病気の受容から治療法の選択、ご家族の患者さんへの接し方に関するアドバイスや必要に応じてサポートグループの紹介なども行うことがあります。

ホスピスなどの緩和ケア医療の一環として行われることももちろんありますが、それだけにとどまらず、初期がんの方や告知を受けたばかりの方にも広く対応するのが、「サイコオンコロジー」という分野です。

がんは、治ればそれでよい、生き残れればそれだけで幸せ、という時代から、がんを経験したあとどのように社会復帰し、前向きに充実した生活を送っていくか、私たち一人ひとりが考えるべき時代になってきています。

また、それは同時に、がんを経験したり、治療を行いながら社会に生きる人たちを、それ以外の人たちがどのようにサポートしていくか、制度等をどのように整えていくかが、これから大きな課題となるということでもあります。

病は気から。サバイバー、家族にとっても必要なメンタルケアとは?

藤森: がんになると本当にその人の人生が左右されますよね。だからこそ早くに検査してほしいです。自分は大丈夫、とどこか他人事に思ってしまっている方が多い気がします。びくびくする必要はないけれど、もしかしたら自分や家族がかかるかもしれないということを意識しなければいけないですよね。


小川: よく「5年生存率」と言いますが、がんの患者さんは治療後何らかのかたちで社会復帰を遂げるといわれています。がんを患った後、仕事をしたり、勉強をしたりして生活していく、ということになるわけです。

日本では、サバイバーというと何かこう、生き残りみたいなイメージになってしまうのですが、大事なのはがんに携わる人、それは患者さんだけじゃなく、ご家族もそうですし、職場の同僚とか友人も含めて、社会としてがんをどう扱うかとか、がんにどう向き合うかを考えるのが、本来のサバイバーだと思います。




藤森: まさに、「生き残った人」みたいなイメージが強いですね。がんになったとしても社会復帰して、社会の一員として暮らしていけるんだよ、と伝えていくことがサバイバーシップではないでしょうか。


小高: 確かにそれはありますね。健康な人っていうのはやはり、がんに対しての恐怖心や抵抗感から情報を寄せ付けたくないなど、知識を持ちたくないという思いがあるのでしょうか?


小川: そういうのもあると思いますが、自分には関係ないと思っている方が多いのだと思います。病気に関する教育が少ないというのもありますし、おじいちゃんおばあちゃんが病気になったとしても、みんな入院しているイメージで、普段どのように生活しているのか、どうやって病気と付き合っていくのかを目の当たりにする機会が少なくなってきているのだと思います。


藤森: 私も祖父母が病気になったので、死ぬということがどういうことなのか、見てきた部分はあったのですが、いざ自分ががんになったら急に死への恐怖が出てきて。当事者にならないとわからないことはたくさんあるなと思います。


小川: そうですね。もし、そうなった場合に自分はどうするか、どんな選択肢があるのか、今のうちから知っておいて損はないと思います。

「病は気から」という言葉がありますね。もちろん、がんは誰にとっても完全には避けられないことです。ただ、がんになったからといって、必要以上に悲観したり、自分の人生をあきらめたりする必要はありません

何が起こるかわからない状況下では、不安定になりやすいものです。ただ、一方で自分の状況を正確に把握し、それに対する対策を知ることで落ち着いて治療に打ち込める、ということがあります。

がんの治療やその後の生活において、身体のケアと同じくらい、こころのケアも大切であることを知っていただけたらと思います。

後編に続く)

Doctors Me 編集部ドクターズミー

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