ジョギングと女性の身体不正出血赤い信号
ジョギングと女性の身体不正出血赤い信号
2人の子供が小学生になり、自分の時間ができたので最初は30分程度のウォーキングからはじめました。
徐々に距離を増やすと同時にジョギングができる身体作りをしましたが、徐々に走ることに嵌ってしまい自分の身体の限界を超えて走るようになって身体に疲労を感じた途端に不正出血が始まりました。
身体もだるさがあり、そのたびに赤いというか茶系の不正出血。子宮がんではないかと怖くなり医者に相談しに行きましたが、症状を話すとたぶん子宮がんではないでしょうが、一葉検査してみましょうということになり検査しましたが異常なし。過剰な運動、私の場合ジョギングがもたらした不正出血ではないかと思われます。よく女性のマラソンランナーの生理がなくなるという話を聞いて自分でも納得しました。40歳になった今も走ることを続けていますが、走りすぎると不正に出血軽い赤いおりものが。女性の身体はとても敏感なので、自分の身体のサインを無視せず大切にしながらこれからも年を重ねていきたいと思います。
妊娠中の赤い不正出血について
妊娠3ヶ月ごろのことです。普通にフルタイムで働いていました。仕事は、体を動かす仕事です。生理がこなくて、もしかして妊娠したかな、と思い、病院で診察受けたら妊娠してました。その後も普通に働いていました。
ある日、いろいろと用事も重なり、結構体を動かして、忙しくしていたら、トイレに入ったときに数敵の赤い不正出血がありました。少しずつだし、大丈夫かなと思ってましたが、一日中、少しずつの出血が止まりませんでした。おかしく思い、次の日、病院にいったら、流産の危険があるから、仕事はすぐ休むように言われて、出血止めの薬をもらい、しばらく安静と言われました。薬を飲んで、3日ぐらいで赤色の不正出血は止まりました。その後はつわりもはじまり、体のだるさ、吐き気、嘔吐があり、食事も限られたものしか受け付なくなってしまいました。
その後も、不正出血が少しでたこともあり、結局1ヶ月仕事休みました。そのあとは、つわりも落ち着き、出血もなくなりました。
赤の血が出た不正出血を起こしてしまいました。
仕事で先輩に何かにつけて注意を受けるようになり、しんどい思いをしていました。精神的にも追いつめられて、すぐに涙が出るような毎日を過ごしていました。
すると、下着に赤いものがついていることがありました。どうも血の色の赤でした。神経が磨り減っていっているような状態だったため、不正出血になったようでした。不正出血を起こしてしまったため、このままではいけないと思い、上司に相談してみました。
すると、私の若さにしっとしていることを指摘してもらいました。あまりの闇の深さに課を移ることの提案をしてもらうことができました。事務の仕事の割合がとても増える部署で、ほとんどの時間にパソコンに向き合って過ごしています。そのため、ほとんど人に接することがないため、とてもマイペースで仕事をすることができています。精神的にも楽になり、ストレスフリーで過ごすことができるようになりました。素晴らしい判断をしてくれた上司にとても感謝しています。
難産で子宮脱に悩まされ不正出血が有り下着が真っ赤になりました
初産は大変でした。赤ちゃんの身長が57センチと小さく、しかし体重は3380グラムと大きかったので4000グラム級の子を産んだと同じだと聞かされました。入院中も縫った個所が痛く歩くのもやっとでした。
出産から1年後不正出血が何度かあり下着が真っ赤、病院で診てもらった所子宮脱になっていました。
高年になった人がなる病気だったのですが、難産のせいで23歳で膣が緩み子宮が外に飛び出していたのです。
子宮を摘出する事を薦められましたがまだ若かった私はそれを拒み続け17年間もの年月を過ごしました。
不正出血は常にありました。治療で直径8センチのリングを膣の中に入れてもらった時などは赤い血が生理の時のように続きます
その事が原因で鬱状態になった事もあります。子宮脱のせいで長い時間立ち仕事が出来なく、横になる事も多かったです。主人との関係も悪くなる一方で40歳の時に離婚をしました。人生80年と考えるとちょうど半分、私は生まれ変わろうと子宮摘出を決心しました。
それからは不正出血も痛みもなく快適に過ごしています。