RSウイルス感染症という病気をご存知でしょうか。生後2~3歳までの乳幼児はほぼ全員がかかるとされ、風邪のような症状が現れます。
今回お話を伺ったのは、シルクロード一人旅やシベリア鉄道旅行記など「食や旅」をテーマにしたマンガを描く織田博子さん。
昨年、生後6ヶ月(当時)の娘さんがRSウイルス感染症にかかりました。
ウイルス性感染症は身近な病気です。しかし、新型コロナウイルスが示したように、人の命を簡単に奪うこともできます。
そんな病によって命の危機に瀕した娘さんと母親である織田さんのお話です。織田さんのマンガと共にお伝えします。
目次
「これは描けない」から1年経った今
漫画家の織田博子さん
この経験を「つらかった」だけで終わりにしたくない。
RSウイルスの怖さを伝えたいと思ってマンガにしました。ただ、描き始めるのに1年ほどかかりました。
織田さんが公開している「0歳の娘が11日間ICUに入った話 『ブタ、母になる番外編』」から抜粋(以下同)
当時の出来事や感情を追体験するような感じがあるので、そのときのつらい気持ちがよみがえってしまう。
例えば、マンガの1ページ目に顔全体を覆う人工呼吸器が出てくるんですけど「あ、私これ描けないな」って手が止まってしまって。
で、そこから1年。今はマンガを描くと同時に自分の中でこの経験を昇華しています。
当時0歳6ヶ月だった私の娘「やっちゃん」は、よく眠る子。ほとんど病気らしい病気にもかかっていませんでした。
最初の症状は咳と呼吸時のゼーゼー音。
風邪と診断されたんですが、その後、高熱が出て別の病院に行ったところRSウイルス感染症と判明して、そのまま入院になりました。
やっちゃんは、呼吸器の末端に炎症が起きていて肺炎を発症していました。
私も今回のことでいろいろ調べたんですが、肺炎には主に細菌性の肺炎とウイルス性肺炎の2種類があるそうです。
細菌性の肺炎というのは細菌が悪さをして炎症が起きます。重症化しやすいですが、抗生物質で菌を倒すことができる。その後、菌によってダメージを受けたところをケアしていく治療ができるらしいです。
ウイルス性の場合にもワクチンはあります。ただ、「インフルエンザワクチン」といったようにピンポイントでしか効果がない、という記載を見かけました。
そして、RSウイルスに効くワクチンはまだないらしくて…。
だから、ウイルスがいなくなるまで待ち、(ウイルスによって)受けた損傷はやっちゃん自身の体力で回復するしかありませんでした。
特効薬はない。つらいけど、どうにもならない
周りでも「RSウイルスにかかったよ」「うちは1週間くらい入院した」という話は聞いていました。
「まれに重症化する」ということも聞きましたが、やっちゃんはまさに「まれ」のパターンに当たってしまった。
病院で先生に何度も「やっちゃんは良くなるんですか?」と聞ききましたが、返ってくるのは「それは今は言えません」。
今思えば当然なんですが、当時はその答えがショックでした。
入院したときには「もっと何かできたんじゃないか」「もっと早い段階で病院に連れていけたのではないか」といろいろ考えました。
でも、マンガを描きながら至った結論は、「あれはどうにもならなかった」。
かかりつけの病院で「風邪」と診断されて、処方された薬を飲んでいても、ずーっと調子が悪かった。
RSウイルス陽性がわかっても、「先生、ウイルス性肺炎です、なんとかしてください」って言ったって、(ワクチンがないから)病院でも対症療法しかできません。
医師の先生方も「ここまで悪くなるの!?」と驚いている様子が感じられました。
運が悪かったとしか言いようがない。こんなに症状が悪化するとは、誰も想定していなかったと思います。
顔を覆う人工呼吸器と鳴り続けるアラーム
ビジュアル的にショックだったのは人工呼吸器です。
人工呼吸器も、ただ酸素を送るだけじゃなくて、症状が悪くなるにつれて厳重に呼吸を管理できるものに代わっていって。
最初のころは、空気がシューって出ているだけ。次に見たときは、人工呼吸器が顔全体を覆っていました。
そこまでしないと自分で呼吸ができないほどに症状が悪化している、ということが伝わってくるんです。
最終的には眠らせて、自発呼吸ではなく機械によって呼吸を管理していました。
それともうひとつ。
血の中にどれくらいの酸素があるか(血中酸素飽和度)を測定する機械があって、酸素量が少なくなるとアラームが鳴るんですけど、それがすごく怖い。
緊急地震速報のような不協和音。不穏な感じの音がずっと鳴っていた。
機械に囲まれ、アラームが鳴り続ける病室。
現代医学がないと、やっちゃんは生きていないんだなと思いました。
昔だったら、もう亡くなっていただろうなって。
現在(いま)から視点をずらして自分を守る
病院にずっといると、やっちゃんの体調が不安で帰りたくなくなります。
でも実際に帰宅すると、やっちゃんはいないんだけどそこには日常がある。4歳の息子も「ママ―」とか言ってるし。
現実が、やっぱりつらすぎましたから。
「やっちゃんの状態はこれ以上悪くなるのかな」「あっちょっと酸素濃度上がった、よかった!」って、一喜一憂する日々。
その現実が目の前にないってだけで、一瞬ではありますが気持ちは楽になりました。
あとは、つらい現在(いま)ばかりに囚われすぎると良くない気がしたので、未来を見ることにしました。
「大丈夫大丈夫、やっちゃん来年には健康になってるし」って自分に声をかけて、一緒にお花を見に行ったり、お風呂に入ったりする未来を一生懸命想像する。
自分の意識を現在からずらすというか。
逃げることが「悪」だと言われることもありますけど、私は逃げてもいいんじゃないかと思いますね。
だって、私があの不協和音が鳴り続ける病室で、人工呼吸器をつけたやっちゃんと全力で向き合っていても、やっちゃんの病気が治るわけじゃないし。
本当に明日どうなるか、もしかしたら生きていないかもしれないという状況下で、想像の中だけでも未来を見ていました。
願っても防げなかった娘の急変。最悪の事態を覚悟した
肺炎自体も大変ですが、それに加えてやっちゃんの肺に穴(気胸)が空いたことで容体が急変しました。
人間は肺に穴が空いたくらいでは死なないらしいのですが、0歳の子や高齢の方のように体力がない人だと、回復する前に体力が尽きてしまうこともあるのだそうです。
近くの大学病院にある子ども専門のICU(集中治療室)で緊急手術することが決まりました。
急変の連絡を受けて病院に駆けつけると…
これ以上ひどくならないように、と願っていても娘の体調は悪化。
私は楽観的な性格なんですが、さすがに「最悪の事態になるかもしれない」と覚悟をしました。
自分の力ではどうにもならない。自分が頑張ってもどうにもできない。
本当に、怖かったです。
やっちゃんの前では泣かないと決めていたけど
先に結論をいうと、手術は無事に成功しました。
その後やっちゃんは数日間眠り続け、眠っている娘に歌を歌っていたときに目が開きました。
少し話が逸れますが、海外で一人旅をしていると、想定外の出来事があったり、お金を落としたりすることがあります。
そこで動揺すると、さらにトラブルに遭遇する可能性があるので、感情をいったん置いておく癖がついたのかもしれません。
やっちゃんの入院が決まったときも、「私が母親失格だから…」と感傷に浸るのはひとまず置いておいて、「入院の準備しなきゃ」。事実と感情を切り分けて、事実のみを淡々と受け入れていました。
でもなんかね、絶対やっちゃんの前では泣かないって決めてたんですけど、目が開いたときは泣いちゃったんです。
ここまで悪化したのは運が悪かったとしか言えない。
でも、「運」が悪い中、ギリギリのところで命が守られたのは「運」がよかったと言えます。先生方が頑張ってくれたことはもちろんですが、不幸中の幸いでした。
子どものため、新型コロナは絶対家に入れない
やっちゃん、今はむっちゃ元気です(笑)。
ただ、この後2回肺炎で入院して喘息の診断を受けました。呼吸器系は弱いようです。
そこに、今回の新型コロナウイルス感染症の流行。誇張でもなんでもなく、やっちゃんが新型コロナに感染したら命にかかわるだろうなと思ってます。
だから、絶対にウイルスを我が家に入れない。
そのために、織田家独自の新しい生活様式として、「(子どもたちが外から帰ってきたら)すぐに洋服を脱ぐ」「かばんの中身を全部出す」「そのままお風呂に入る」というのを決めました(笑)。
織田家独自の「新しい生活様式」メモ
ウイルスはありふれたものです。でも、やはり人間の手の及ばないものは恐ろしい。
このマンガを通して、ウイルスの怖さが多くの人に伝わってくれたらと思います。
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取材・執筆:上野舞
取材協力:Cafe Port Brooklyn(カフェ・ポート・ブルックリン)
織田博子
イラストレーター/マンガ家。海外でのバックパック経験を現地の空気とともに伝えるコミックエッセイが人気。著書は「女一匹シベリア鉄道の旅」、「女一匹シルクロードの旅」、「女一匹冬のシベリア鉄道の旅」「北欧!自由気ままに子連れ旅」(イースト・プレス)など。
織田博子(オダヒロコ)作品集 http://www.odahiroko.skr.jp/
Twitter @OdaHirokoIllust