松本ハウスのボケ担当・ハウス加賀谷さんが統合失調症を発症したことを知る人は多いと思います。
このインタビューの狙いは、「病」がその人の価値観や考え方にどんな影響を与え、どのように人生が変わっていったのかを聞くことでした。
講演会や出演したテレビ、著書を拝見すると、さまざまな症状や経験を経て2人が変わっていった印象を持っていたのだけど、
「変わったのは彼らじゃなくて、『統合失調症を発症して波乱万丈の中で奇跡の復活を遂げた松本ハウス』というフィルターを通して見るようになった私のほうなのかも」
と気付いたのは、インタビューが終わって会社に戻る電車の中でした。
目次
「キックさん今、タバコ吸ってます」で始まった
「キックさんはタバコ吸いに行ってます」。
ハウス加賀谷さんがそう話すのを聞いて、私は少し嬉しくなった。
2人が松本キックさんの自宅でネタ合わせをするとき、いつもベランダで一服していたことを著書『相方は、統合失調症』を読んで知っていたからだ。
でも、4年前に出版されたその本ではキックさんは禁煙していたような。
加賀谷さんは「禁煙外来を卒業したばかりなんですよ。でも、今、とてつもなく一服したいです」と言って、静かに自分と戦っていた。
そしてキックさんが部屋に戻ってきてインタビューが始まった。
――今日はよろしくお願いします。最近のお二人の活動は?
ハウス加賀谷さん(左)と松本キックさん(右)
松本キック(以下、キック):お金になる活動一切ないです。
ハウス加賀谷(以下、加賀谷):キックさんと会うのも二ヶ月ぶりぐらいだと思います。毎月出ているライブも新型コロナの影響で会場がお休みになっているので。
キック:で、相方は全ての時間をツイッターに費やしてますね。
――松本ハウスが復活してから、だいぶ経ちました。
キック:もうすぐ11年です。
復活した直後は、統合失調症の症状である認知機能の低下がひどくて、加賀谷自身がネタを覚えられない、うまくいかないということで失敗から抜け出せず、ネタの途中で止まってしまったくらいです。
来てくれたお客さんが心配して帰っていくこともありました。
それが3年ぐらい経って、2~3ページのネタだったら1日で覚えられるようになった。
「キックさん、僕なんだか覚えられるようになってきました」って言われて「おお、そういえばそうやな」って。
それで、自分たちの活動も地に足がついたし、「自分や加賀谷の経験が役に立つのであればお話していこう」と講演会を引き受けるようになって、そのタイミングで書籍の話も頂きました。
復活した当初は1週間前とか10日前にネタ作って練習していたんですけども、加賀谷が覚えられるようになったから「2日前でええか」「前日でええか」「当日で」って僕のサボり癖が出て(笑)、まあ対応できるからいいかって。
で、今はネタは作ってないですね。全てフリーでやってます。
そういえば、昔から「壊すこと」が楽しかった
俺は、自分がおもしろいと思うことにこだわりを持ち、笑いを作り続けてきた。 一人になったときもネタを作り続けてきた。 ネタは、芸人にとって魂だ。
――ネタを全く作らなくなった経緯を詳しく伺いたいです
キック:間違えてしまう、忘れてしまう。「うまくいかない」っていう一番の原因は言葉に囚われてしまっているということなんでね。
だったらその言葉をなくそう、ネタをなくそうと。
最初はざっくりした台本で。それができたら次は箇条書きで。最終的には台本なくして口頭だけで「こんな感じで行こうか」で、舞台に出る。
これ、多分劇薬だったと思うんですよね(笑)。
でも、それが加賀谷には良かった。余計な縛りから脱出することができた。
で、今は打ち合わせも一切ない。楽屋の世間話もほとんど使わないです。舞台でお互いが喋り出して、そこから作っていく。
よくよく考えたら、ウチらってそういうスタイルだったんです、昔から。
加賀谷が入院する前、若手の頃なんですけど。最初っから舞台に出てやってみたネタを、壊して、また構築していくっていう「スクラップ&ビルド」、そういうネタの作り方をしてたんですね。
それが、やっぱり楽しかった。本当にお互いの真剣勝負というか。
今、芸人さんはいっぱいいます。
だから「ネタを作って、練習して、お客さんの前でネタ見せるっていうのは他の芸人に任せてしまおう。うちらはうちらの道でいいんじゃないの。完全フリーの漫才でいこう」って。
――台本をなくしてからは、どんなネタを扱ったんでしょうか
キック:僕は記憶しないようにしてますね。記憶すると、次にまた再現しようとしちゃうんですよ。それ、絶対失敗するんで。
――逆に「台本がない」という不安感はない?
加賀谷:最初にキックさんが「ネタなしでええんちゃう?」って言ったときに「おいおい大丈夫かよ」とは思いましたよ。
「え、どうするんですか」って聞いたら「まあまあ」みたいに言うから…。
台本がないってことは綱渡りをし続けなければいけないということなのでびっくりしました。
で、なんとなくやってみると、結構お客さんも温かくて。
キック:加賀谷は不安がって「あれどうよ?」って周りの芸人に感想を聞きまくっていたんですよね。
そうしたら意外なことにみんなが「いいね、あれいいよ!」って全部肯定してくれたんです。だから逃れられないことになった(笑)。
試行錯誤して、キックさんと漫才できて、心地いい
――キックさんのネタに関する考え方って武道の「守・破・離」に似ているところがありますね。型や枠を守り、他のやり方を取り入れ、最後には型を破って独自の方法を生む
キック:そうですね、僕、枠とかジャンルとか、あまり好きじゃないんです。
今でこそ芸人が役者やったり本書いたりするのは普通になりましたけど、昔は「なんで芸人のくせに役者やってんだよ」と言われることもありました。
僕の中には最初からそんな枠はないんでね。舞台にも出てました。
その枠にこだわってしまうのはとてもつまらないことだなと思います。だからこう…枠にとらわれず、面白いと感じたものを表現していくところに行き着いたんですかね。
――そこに行き着いたのはいつ頃なんでしょうか?
キック:去年です。そこからネタはなくしましたね。
――最近の話なんですね
加賀谷:もちろん失敗もいっぱいあるんですよ。お客さんの反応がうまく掴めないときもある。
すると「あ、お客さんが求めているのは違う僕で、こういう感じなのかな」っていうものを次に用意する。またそこもするーっと抜けちゃうことはあるんですけど(笑)。
でも、そういう試行錯誤が「人と人」なんですよね、やっぱり。
キックさんと漫才をしながら、お客さんの呼吸を読んでいくことが心地いいんです。
作りたくて作ったものではない統合失調症コント
――統合失調症に関する漫才は今も続けているんでしょうか
キック:統合失調症に関する持ちネタはあるにはあるんですけど、それは僕たちが作ろうと思って作ったわけではないんです。
例えば『バリバラ』(NHKの情報バラエティー番組)から統合失調症のコントを作れないかっていう依頼を受けて作った。講演会でも統合失調症のことを知ってもらうためにやるっていうだけ。
もともと自分たちが作りたくて作っているものではないんです。
それはなぜかというと、統合失調症という病気は加賀谷の持っている特性の一つ、一部分であるという考えだからです。
いろんな芸人が自分の特性を使ってネタ作ったりするじゃないですか。それと同じ。
――統合失調症は精神疾患の中でも偏見が根強く残る病気のひとつです。お2人はこのことについてどのように考えていますか
加賀谷:僕らも講演会を通して「偏見をなくしていきましょう」とは言うんですけど、当事者として一番大事なのは自分の人生をいかに充実して生きるかということ。
だからそういう偏見をなくすために(当事者の人生・時間が)あるわけではないと思ってます。
キック:報道の人に「バランスのとれた報道をして欲しい」って言うことですね。
どうしても「精神疾患」っていうと、描かれ方が両極端になってしまう。
一つは映画やドラマの題材として美しく描かれる。もう一つは犯罪行為とのつながり、怖い病気であるという描かれ方。
そうではなくて、ほとんどの人がその中間にいて、普通に生活している人で、その生活の中で悩んだり問題を抱えたり、そしてそれを解決しようとしてる。等身大の真ん中の層をもう少しクローズアップできればいいのかなと思います。
そのためには、まずは僕たちの本がベストセラーになって…
加賀谷:短くてもいいので、松本ハウス全集を出していただきまして…
キック:その先に映画化、ハリウッドリメイクがあって。
――統合失調症を発症しても普通に日常生活を送ることができる人が増えている一方で、カミングアウト(病気を公表して生活すること)は難しい現状もあります。統合失調症のことを知らない人が等身大の人々を知るきっかけもまだ少ないのかなとも思います
キック:僕の知っている会社に、統合失調症の当事者を受け入れているところがあります。
その職場は病気に対する理解がある人がほとんどなんですけど、そこに1人だけ理解していない人がいた。その1人のために当事者の方は苦しまれて、結局辞めてしまった。
理解して、受け入れる体制がしっかりしていないと、病気を公表して働くことは難しいと思います。
だから、いろんな企業が声をかけてくれたらいくらでも講演に行くんですけどね。周知のためのイベントをやったりとか。例えばそこで我々を使うとか。
加賀谷:全集を作るとか。
「今の自分にできることを」なんて口で言うほど簡単じゃない
――これまでにいろいろあったかと思いますが、「もうコンビを続けるのは無理だな」と思ったことはありますか。あるとしたらそれはどんなときでしたか
キック:今も駄目かもと思ってますけどね。
加賀谷:(驚いて)本当ですか…!
キック:それは嘘。そうですね、なんだかんだ言ってもう付き合いも長いですからね。(出会ってから)もうすぐ30年です。
加賀谷:僕は2回「これはダメかな」って思った時がありますね。
2000年に1回目の入院をして、退院した後に家に帰ってきたときの絶望の瞬間。
あと、復帰したはいいものの、自分は一生懸命やっているつもりなのに、全く昔のようになれない。その2回がきつかったですね。
キック:加賀谷が入院したとき、僕はもう「復帰はないだろう」って思ってましたからね。
そのときの加賀谷は何を言っても反応もないし、ぶつぶつ言っているし、下向いて「すいませんでした」って謝っていて。その姿見たら、ないだろうなと。
その後、「何とかちょっと、できるようになりました」ということで復帰するんですけども、そこからもやっぱりうまくいかない。
加賀谷が言ったように、昔の自分にとらわれるんですね。昔だったら簡単にできたのに、って。
「今できることを探していこうよ」って言葉としては分かるんですけど、その言葉に実感が伴うには本当に時間がかかるんですよ。
ウチらは3年かかりましたね。
ようやく、本当に、そういうふうに思えるようになった。
ーーそれでも今日も「松本ハウス」はある。その理由は何だったのでしょうか
加賀谷:お笑い芸人になれたのも、キックさんとコンビ組めたのも全部ラッキーだし、他にできることがなかったっていうのもまた良かったと思うんですよね。
どこでアルバイトしても怒られるしか能がないんで(笑)
キック:本当に(仕事が)できない。
加賀谷:だからもうこれはお笑い芸人以外ないじゃないかって思って。ダメダメの状態でもしがみついてやるわけですよ。それが良かった。
結果、要するにラッキーだった。僕はラッキーボーイですね、おじさんですけど。
キック:復帰してからしばらくはうまくいかなくて、僕は葛藤ありましたね。
「こんなの自分がやりたい笑いじゃない」って。
お互い自分にイライラ、その状況にイライラ。やっていけるんだろうかと思いました。
その頃は、加賀谷としても分からないんですよ。なぜウケないのかも、なぜウケているのかも。
自分がどんな表現をしているかが分かってないので、ネタが終わった後に「ここはこうだったから直していこう」と言っても、返ってくるのは「あー」とか「うー」とか。
加賀谷:だから僕、一時期はネタやるのが怖かったです。
――キックさんの葛藤はどうやって消化(昇華)されたのでしょう
キック:やっぱり自分は「ものを作る人間」だと思っているので、そこで負けたくないんですよ。
この状況で何とか、何か面白いことができるだろう。探していけばそのうち何かが見つかるんじゃないか、どこかにたどり着くんじゃないかって思って。
で、「ネタを作らない」っていうたどり着いちゃいけないところにたどり着いちゃいました(笑)。
視野を緩く。一歩引く。世紀末でも生きていける(かも)
――加賀谷さんの体調はいかがですか?
加賀谷:2~3年前に薬剤調整のために入院しましたが、退院後はすこぶる調子いいです。逆に調子良すぎてテンション上がりすぎないようにしています。
――今もまだ新型コロナウイルスの影響が続いていて、持病を抱えて不安な方や情報の波に飲まれて心配になっている方も多いと聞きます
加賀谷:具合が悪いとき、不安になったときって視野がギューと狭くなっているんです。
不安で心がいっぱいになっちゃったり、恐ろしさで心が満ちてしまう。
だから、方法は人それぞれですが視野が緩くなる何かを見つけられるといいですよね。音楽を聞こうとか、一句したためようとかでもいいですし。
僕の究極の方法は「寝る」ですね。寝てリセットします。
キック:本当に思いつめてしまったときには、一歩引いて考えてみるのがいいと思います。
「引こう」と思っても難しい場合は、どこかに書いておくのもいいかもしれない。
目に入るところに、例えば「一歩引いてみようよ」って自分の言葉で書いておく。それを見て、見るだけでなくて体でも一歩引いてみる。体感をする。
それで一回落ち着こうよって。
――「(コロナ禍での)新しい生活」が始まっています。お2人が考える今後の生活スタンスを教えてください。あと、病気の有無に関わらず「生きづらさ」を抱える人に対してメッセージをいただければ
キック:この先、生活がどうなるのか、どう変わっていくのか何も分からないですよね。
乗り越えていくしかないんだけど、そのときに全てが全てプラス思考で乗り越える必要はないのかなと僕は思います。
マイナスに考えてもいいし、愚痴言ってもいいし。
加賀谷:極端な思考はよくないんじゃないかって思ってます。
例えばですけど、すごく大事な商談をひとつのミスでご破算にしてしまうことがあるかもしれない。けど、命まで取られるわけじゃないんで。
それと、すごく世の中が変わっていって(漫画の)『北斗の拳』とか『バイオレンスジャック』みたいな世界になっちゃうかもしれないけど、別にそこでも生きていくことはできますから。
キック:その世界、大多数の人が死んじゃうけど。
加賀谷:でも生きている人はいるじゃないですか。だから、希望を持って漫画を読んでほしいってことですよ(笑)。
キック:みんなボコボコにされちゃうよ。
▷ハウス加賀谷さんが怒涛のつぶやきを繰り広げているTwitterアカウントはこちら
執筆・編集:上野舞
撮影:田村健児
松本ハウス(松本キック・ハウス加賀谷)
ボケ担当のハウス加賀谷(左)とツッコミ担当の松本キック(右)によるお笑いコンビ。「タモリのボキャブラ天国」「進め!電波少年」などの人気番組に出演していたが、加賀谷の統合失調症が悪化したために1999年から10年間活動を休止。2009年に復活し、現在は「バリバラ」などのテレビ番組出演のほか、お笑いライブや講演会などを行っている。著書は「統合失調症がやってきた」(イースト・プレス)、「相方は、統合失調症」(幻冬舎)。
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