突然、強い腹痛下痢が引き起こった場合、もしかしたら虚血性大腸炎を患っているかもしれません。

近年では若年層や、女性の間でも発症しやすい虚血性大腸炎、一体どのような病気なのでしょうか。

今回は虚血性大腸炎の概要や原因、病院での治療方法や予防対策まで、医師の建部先生に解説していただきました。

虚血性大腸炎とは


大腸という臓器には、心臓から出て下半身に向かう大動脈の枝の一つである腸間膜動脈と、その分枝が血流を送っています。

虚血性大腸炎は腸間膜動脈のさらに分枝である結腸動脈‐末梢枝が閉塞、狭窄またはけいれんを起こすことで、腸粘膜に虚血性壊死が発生する炎症病変です。

多くはその大腸の粘膜下層や粘膜固有層の細い血管が閉塞または虚血、血流の再開によって引き起こされ、血流が絶たれるために大腸の損傷を起こすことによって発症し、主な症状として腹痛と血便がよくみられます。

虚血性大腸炎の原因


高血圧


血圧が高い状態は、動脈に負担かけつつ無理やり血液を心臓から押し出している状態です。

動脈は高血圧の影響で痛み、それを代償しようと血管壁は分厚くなります。そうすると動脈の血管としての弾力性やしなやかさが失われることとなり、血管の血液が流れるスペース自体が少なくなってしまうことにもなります。

さらに、動脈の血管抵抗が増すことによって血液が送りにくくなると、心臓はますます強い力で血液を送り出そうとするので動脈が抵抗する、といったことを繰り返し、過程で結腸動脈‐末梢枝の血流が大幅に減ってしまうと発症の原因になってしまいます。

動脈硬化


長い期間の生活習慣病の悪化や、加齢などにより動脈の血管内部においてコレステロールや中性脂肪、カルシウム、線維性結合組織、マクロファージなどの細胞の死骸から構成された蓄積物を「アテローム」と呼びます。

最初は柔らかいですが、やがて硬くなると「プラーク」と言われるものに変質し、この動脈硬化が進むと結腸動脈-末梢枝の血流が大幅に減ってしまうと発症の原因になってしまいます。

微小循環障害


高血圧、動脈硬化が組み合わさった結果、結腸動脈-末梢枝の血流が大幅に減ってしまい、大腸自体の微小血液循環が低下するなどの障害が起きることによって虚血性大腸炎を発症します。

慢性的な便秘や下痢


慢性的な便秘や下痢があると大腸内部の圧力が上昇することとなり、高血圧、動脈硬化と同じく大腸の粘膜下の微小血液循環機能の低下を招きます。

腹部大動脈再建術


腹部大動脈瘤の手術などにおいて、やむなく一時的に腸間膜動脈とその分枝の血流が途絶~流量が少なくなってしまう結果、術後に発症する場合があります。

虚血性大腸炎の症状


腹痛


血流の途絶状態によって大腸が機能しないところに、腸粘膜の虚血性壊死が引き起こす炎症によって腹痛が生じます。

大腸は小腸に続いていわゆる盲腸といわれる右下腹部の虫垂部分から始まりますが、上行結腸→横行結腸→下行結腸→S状結腸→直腸→肛門に分けられ、この順で食物残渣は右上腹部→左上腹部→左下腹部へ移動し肛門へ至ります。

下行結腸やS状結腸は大腸を栄養する主な動脈のつなぎ目にあたり、血流が乏しいため虚血が生じやすく、よって虚血性大腸炎の腹痛は左側~左下腹部に多いという特徴があります。

下血


腸粘膜が虚血性壊死を起こしその粘膜がはがれてしまうために、出血を生じます。

腹痛とともに排便をすると真っ赤な下血、赤黒い血便を呈します。

下痢


腸粘膜での虚血性壊死が引き起こす炎症により直腸が刺激される、排便反射の異常によって下痢などを発症します。

吐き気・嘔吐


虚血性大腸炎によって消化管の動きが滞るとちょっとした腸閉塞の状態となり、慢性的な便秘がちの方の場合は、吐き気などの症状を呈することがあります。

微熱


あまり頻度は多くはありませんが、腸粘膜での虚血性壊死が引き起こす炎症により、微熱を生じるといわれています。

虚血性大腸炎の治療

検査



■ 血液検査
大腸内の炎症を反映して、炎症反応や白血球の上昇を認めます。

■ 大腸内視鏡検査
腸粘膜のむくみ(浮腫)、赤黒い膨隆、腸管内に多発した膿を伴う粘膜のただれ、歪な形の潰瘍、縦に走る潰瘍(縦走潰瘍)や、炎症がある腸粘膜からにじみ出た膿などが乾くことでできる偽膜を認めます。

また、病変部分と正常部分の境界がはっきりしているのも特徴です。

■ 腹部超音波検査&CT検査
病変部分の腸管が肥厚している所見を認めます。

■ 注腸造影検査
肛門から造影剤を用いてX線透視下で行われ、その写真から診断をし、下行結腸が指で押し込まれたようないわゆる拇指圧痕像や、進んで炎症のある腸管の狭小化を示す先細り所見を認めます。

注腸造影検査は、大腸にある一定の圧をかけて造影剤を注入するため、大腸内の炎症の程度によっては腸管が破れて穴が開く「穿孔」がおこり、腸管内容物が腹腔内に流出し腹膜炎や敗血症に進行する危険性があるため、最近ではあまり行われない傾向にあります。

治療




■ 軽症の場合
絶食や点滴などによる内科的治療によって症状は数日で消失します。

■ 重症の場合
抗生物質を投与して腸管内の細菌の増殖を食い止め、粘膜の壊死を間接的に抑制したりもします。

■ 腸管の狭窄がある場合
大腸内視鏡(大腸カメラ)を併用したバルーン拡張術が行われることもあります。

治療薬



入院のケースであれば、抗生物質、点滴、整腸剤、鎮痛薬が必要で、入院が不要な場合は、整腸剤や酸化マグネシウムという下剤が処方されることがあります。

なお、急性虚血性大腸炎は緊急度が高いので、次の薬剤を使用する場合もあります。

・血栓溶解薬(血栓を溶かす薬)
・血管拡張薬(腸間膜動脈を広げる薬)

手術になるケース



大腸壁の壊死などが疑われる場合は、腸管を切除する外科的手術(腸管部分切除術)が行われます。

少ないケースですが、狭窄型、壊疽型では外科的手術を要し、特に壊疽型は症状が急速進行性で、他に疾患を持つ高齢者が多いこともあり緊急手術になりやすいです。

治療期間



手術を伴う場合は、合併症を持つ高齢の患者が多いので、最終的に3~4週間程度の治療期間を要することが多いです。

また、それ以外の場合は内科的治療のみで対応の場合は入院するしないに関わらず、多くは10~14日程度です。

虚血性大腸炎の再発を繰り返すことによる危険


大腸壁の壊死、穿孔


腹膜炎、敗血症に至ってしまうため緊急手術を含めた処置で救命する必要が生じます。

大腸壁の狭窄


最初のうちは、大腸内視鏡(大腸カメラ)を併用したバルーン拡張術や、ステント留置術で対応できますが、強度な狭窄が進むと腸の通過障害である腸閉塞に至り、病変部を外科的手術手切除することになります。

虚血性大腸炎で起こりやすい合併症


中毒性巨大結腸症


大腸炎が急速に悪化した結果、大腸の動きが停止し、本来なら肛門側へ排出されるはずの腸内ガスや便塊などの老廃物が貯留して大腸が風船のように膨らんでしまう状態です。

同時に、全身に意識障害など老廃物による中毒症状があらわれこともあり緊急手術の対象となります。

消化管穿孔


虚血性大腸炎の腸粘膜での虚血性壊死によって、腸粘膜が薄く破れやすくなった果てに腸管に孔が開き、腸管の内容物が腹腔内に漏れることで、腹膜炎を引き起こす疾患です。

多くが緊急手術を必要とする重篤な疾患です。

腹膜炎


腹部の内臓の表面や内側を覆うひとつながりの薄い膜を「腹膜」といいます。胎児の時代からお腹の内臓が収められている腹腔の中は無菌状態が保たれています。

しかし、虚血性大腸炎による消化管穿孔が生じてしまうと、腸管の老廃物や腸内細菌があふれ出てしまい、腹膜に細菌感染を主とする激しい炎症が生じる腹膜炎が引き起こります。

一刻も早く消化管の孔を手術でふさぎ、腹腔内の徹底的に洗浄し抗生物質を使用した細菌感染の消滅を図らなければ、敗血症へ進行し生命の危機を迎えることになります。

敗血症


腹膜炎のような細菌感染症に伴う全身の生命を脅かし得る臓器障害、で非常に重篤な状態です。無治療では血圧の著しい低下やショック状態、多臓器不全などに至り命を落とします。

一般的に体力低下を背景としていることが多く、治療成績も決して良くないことが多いです。

虚血性大腸炎を防ぐためには?


基本的には以下の2つの点を重点的に注意をしてゆく必要があります。

■ 便秘
便秘は虚血性大腸炎の大きなリスクとなります。
生活習慣を見直し、食物繊維の摂取、十分な水分摂取、適度な運動を心がけ、日ごろから便通を整えることが必要です。

■ 動脈硬化
虚血性大腸炎の多くは動脈硬化を基礎に発生します。
高血圧、脂質異常症糖尿病などの基礎疾患がある場合は、まずその治療を十分に行い、これらの病気をコントロールすることが大切になります。

虚血性大腸炎を防ぐ生活習慣



■ 食生活
緑黄色野菜を中心に食物繊維やビタミン類の豊富なバランスの良い食事を一定量摂取したり、適度な水分摂取が必要です。

なお、絶食系のダイエットは便秘を助長する可能性が高いので、控えたほうがよいでしょう。

■ サプリメント、薬、市販薬の服用
便秘に関してはできることならば食生活や運動、適度な水分摂取を中心とした自然な排便サイクルの確保が第一目標です。しかしながら、やむなく下剤を使う場合は必要最小限で使用するのが望ましいと言えます。

また、鎮痛剤や睡眠薬、総合感冒薬などをちょっとした症状で頻繁に使う方がいらっしゃいますが、これも発症の誘因になる場合がありますから、使いたい場合は面倒であっても医師や薬剤師との相談が必要です。

■ ストレス
日常生活において過度なストレスにさらされる状態が長いと、自律神経系(交感神経系や副交感神経系のバランス)が乱され、消化管全般の活動が弱まり便秘や下痢、過敏性腸症候群となってしまう場合もあるでしょう。

また、月経サイクル異常や妊娠等が原因で黄体ホルモンの分泌量が多くなっても、自律神経が乱れ便秘になり、発症の原因になります。

肉体的にも精神的にもストレスは良くありません。適度な運動が解決の一つになると考えられます。

最後に建部先生から一言


もともと虚血性大腸炎という疾患は、疫学的には50歳以上の高齢者で動脈硬化を背景に持っている方に多いとされる疾患でした。

しかしながら最近は、年齢の若い方、ストレスやダイエット等で便秘しやすい女性の間にも増えているようなのです。

虚血性大腸炎の予防には動脈硬化を防ぐ食生活や運動が必要ですが、若い世代の方は、それだけではなく、精神的なストレス管理も含めて、便秘にならない様に規則正しい日常生活を送ってゆく必要があります。

いくら気を付けていても心配な症状が出てしまうようでしたら、我慢せずにお近くの医療機関へ相談しましょう。

プロフィール

監修:医師 建部 雄氏
京都市生まれ。社会人を経て医師を志す。2001年、昭和大学医学部医学科卒業。 卒後、東京都内の大規模総合病院にて救急科の経験を積む。 その後、阪神淡路大震災において内科医が避難所等で切実に必要とされていた事実を知り、より多くより幅広く患者さんに対応できる医師を目指して総合内科へ転向を決意。 急性期病院・クリニックの勤務を経て、最も身近な医師としての研鑽を積んでいる。 現在は、横浜市内の総合病院に勤務中。週末を中心に休日夜間の非常勤先病院 救急外来勤務をほぼ趣味としており、失敗も成功も含めて経験は豊富。