一時的な痛みではなく、慢性的な体の痛みに悩んでいる人が中にはいらっしゃいます。
痛みが酷い場合、夜も眠れなくなり不眠の症状を訴えることもあり、違う疾患も併発してしまう恐れも…。
今回は、長期間痛みが続いてしまう「慢性疼痛(まんせいとうつう)」の原因や治療法について、医師の松本先生に解説していただきました。
目次
慢性疼痛(まんせいとうつう)とは
ケガなどがきっかけになり、原因の場所はすでに治っているのに3カ月、あるいは6カ月以上程度続く痛みです。
急性疼痛と慢性疼痛の違い
急性疼痛
原因が存在し、炎症や損傷などがそこ(あるいは関連した場所)にあります。そもそも体を守るための反応であり、痛みを感じてそこを休めるための信号なのです。
その為、気分の変化でも痛みはそれほど変化せず、刺激に対しての痛みの反応は普通です。こうした急性の痛みには鎮痛薬が比較的有効です。
慢性疼痛
目に見える原因はすでに治った後か、目に見える原因がはっきりしないことが多いもので、痛みは体を休めるための信号ではなく、痛みそのものが症状です。
こうなると痛みに関係する脳内物質のバランスが悪くなり、神経細胞から疼痛物質が大量に出て、痛みがより強く、より広く、より長く出現する様になると考えられています。
痛みの程度が気分の変化に大きく左右され、過去の辛い記憶や痛みの記憶が痛みをひどくなったり、不眠、疲労、怒りなどで痛みはひどくなりやすく、普通は感じないような程度の刺激にも痛みを感じるのはその為です。
鎮痛剤は効きにくい場合が比較的多いと考えられています。
慢性疼痛の原因
急性の刺激や炎症がきっかけの痛み
・腰痛(原因不明なもの、ぎっくり腰、椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄、背骨の骨折など)
・腱鞘炎
・頭痛
・歯痛
・打撲
・痛風
これらの急性の痛みは原因となるケガや病気が治れば消えていくのですが、きちんとした治療をせずに放っておくと、慢性の痛みになってしまうこともあります。
痛みは交感神経と運動神経を興奮させ、血管の収縮や筋肉の緊張の原因になります。その結果血流が悪くなり、痛みを起こす物質が発生します。
普通はこうした反応はすぐに治まりますが、痛みが続くと血流が悪い状態が続き、痛み物質がより多く発生し、血管を収縮させ、悪循環に陥ります。
例えば、変形性股関節症による痛みが慢性化すると、股関節だけでなく、ふくらはぎまで痛くなることがあるのです。
神経が傷害されて起きる痛み
■ 帯状疱疹後神経痛
帯状疱疹になった部位や、そのまわり、時には関係ないところまで痛くなることがあります。
■ 糖尿病性神経障害
手や足の先がピリピリ、ジンジンするような痛みが起きます。糖尿病になって10年位すると症状が出る確率が高くなります。
■ 座骨神経痛
背骨の神経の出口が圧迫されて腰や太ももなどがピリピリしたり痛くなります。
■ 三叉神経痛
顔の片側が鋭く痛みます。
■ その他
脳卒中、椎間板ヘルニア、がん、ケガなどで神経が傷害される時に起きます。
線維筋痛症
原因がまだよくわかっていない病気ですが、全身の痛み、疲れ、頭痛、微熱、不眠、生理痛などの色々な症状が出る病気で、一般的な検査ではほとんど異常が見つかりません。腸内の状態が悪いことが原因の一つと考えられます。
アルコールや有機溶剤などで、神経細胞が障害された時にも慢性疼痛は起こりえます。
慢性疼痛を発症する男女別や年齢別での違い
慢性疼痛のきっかけとなった原因疾患で違いがあります。
例えば線維筋痛症は中年の女性に多いですが、腰痛は男女差があまりなく年齢と共に増えます。
ヘルニアによる痛みは若い人から高齢者まで広い層にあります。
慢性疼痛と精神状態の関係
時間の経過に伴い、急性の痛み神経障害性の疼痛に心の動きによる痛みが加わり、その割合が増えていくことが多いです。
これは、慢性の痛みによって脳細胞そのものが変化するためで、自分にとって好ましくない感情を持ったときに活動する脳の部分(前帯状回)と慢性の痛みが深く関連してることからも証明されています。精神状態と痛みが相互作用を起こすのです。
痛みによる精神への悪影響
痛みによる不安や恐怖、痛みによる仕事の制約や失業、周囲との人間関係の問題が生じることもあります。
慢性疼痛がある患者さんでは普通の人よりも、以下の症状が高いとの報告もあります(※)。
・気分障害:2.2倍
・パニック障害:3.4倍
・PTSD:3.2倍
痛みを抱えた日常生活が脳細胞の変化をもたらし、社会適応障害、食欲低下、不安、不眠、抑鬱などの精神状態や不眠ももたらすと考えられます。
こうした精神状態がさらに痛みに影響を与え、悪循環になると考えられます。
慢性疼痛による不眠で併発しうる病気
睡眠は脳と体を休め、免疫系を活性化するなどの働きがあります。
痛みによって不眠になると、以下のダメージを身体に与えると考えられています。
脳細胞の異常
不眠により脳細胞が休息できないと、記憶力・集中力・作業効率の低下などが起きるだけでなく、うつ、呆けの傾向も増えることがわかっています。
免疫系の異常
不眠によって免疫系が異常になるため、風邪などの感染症、がん、アレルギー、自己免疫性疾患などにもなりやすくなります。
代謝系の異常
不眠は代謝系の病気とも深く関わっており、肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症などのメタボリックシンドロームの仲間の病気にもなりやすくなります。
慢性疼痛の治療法
認知行動療法
痛みのせいで何もできない、という認識を痛みがあってもできることがある、と言うように考えを変えていきます。
痛みがあってもストレッチなどの活動量を増やし、行動が必ずしも痛みを悪化させるわけではないことを理解して痛みを軽くしたり、活動量を増やす治療法です。
理学療法
■ 運動療法
筋トレやストレッチで血流を改善し発痛物質の除去を促します。
■ 温熱療法
温めて血管を広げ、血流を改善して発痛物質の除去を進めます。
■ 電気刺激療法
電気刺激により痛みを伝える神経の働きを抑制します。
■ 薬剤療法
・神経障害性疼痛治療薬:痛みを伝える神経伝達物質の過剰放出を押さえる働きがあります。
・オピオイド:弱い麻薬のような薬で脊髄から脳への痛み刺激を邪魔し、強力な鎮痛作用をもちます。
・抗うつ剤:セロトニンやノルアドレナリンの濃度を上げ、痛みを感じにくくする作用があります。
・抗てんかん剤:神経の過剰な興奮を抑え、痛みを感じにくくします。
・血管拡張剤:血流を良くし、痛みを和らげる効果を期待します。
・レーザー照射:患部にレーザーを当て、血流を改善します。
・神経ブロック:神経やそのまわりに局所麻酔剤を注射して痛みを取り除き、筋肉の緊張や血流を改善します。
慢性疼痛のケア方法
有酸素運動、ストレッチ、筋肉トレーニング、認知行動療法、瞑想、マインドフルネス、ヨガ、温泉などは効果もある程度認められており、推奨されています。
その他にも、アロマセラピー、音楽、痛みへの理解なども患者さんによっては効果があります。
最後に松本先生から一言
痛みや恐怖の感情は大脳の他の記憶と仕組みが違うと考えられています。生命維持のために痛みや恐怖の感情は絶対に必要だから、特別な仕組みを生命は持っているのでしょう。
しかし、生命維持とはもはや関係のない慢性疼痛は脳細胞に異常をもたらす、脳細胞の炎症と言っても良いのかもしれません。となると、炎症を正しく調節する食事や生活がもしかしたら有効かもしれませんね。
参考文献
※Mood and anxiety disorders associated with chronic pain, McWilliamsL.A, Pain,106, 127-133,2003
プロフィール
- 監修:医師 松本 明子
- 1968年生まれ、鳥取大学医学部卒業。広島の病院で内科勤務した後、2009年~海外転出し、アメリカで予防医学を学ぶ。 2013年~「DNA Diet and Lifestyle遺伝子に沿った食事と生活」という、オンライン健康プログラムにより自然治癒力を最大限に引き延ばす、老化と病気の予防と治療のための健康指導を行っている。